Mag-log in「はぁ……」
思考の沼にはまったオルメリアは無意識にため息を漏らしてしまった。
「どうかされましたか?」
「えっ、ああ、ごめんなさい」
そんな彼女を心配して声を掛けるエレオノーラは本当に人の好い性格をしている。だから政敵であるはずの彼女をオルメリアは嫌えない。
(ううん、むしろ私はエレンのことが好きなのよね)
伯爵令嬢であったエレオノーラは現国王と熱愛の末に側妃となった経緯がある。普通なら王妃オルメリアとの間に
(エレンは良い子なのよねぇ)
ところがエレオノーラは権力に頓着しない性格な上に、何故かオルメリアに良く懐いていた。その
(それに、いつまでも可愛いし)
思わず若い時にしていたように頭をよしよしと撫でると、エレオノーラは嬉しそうに破顔した。
「うふふふ、もうメリー様ったら」
そんなエレオノーラには随分と振り回されたものだが、自分を姉の如く慕ってくるエレオノーラにいつの間にか
「エレンが羨ましいわ」
「私が?」
エレオノーラは目をぱちくりとさせた。
「メリー様の方がずっと美人で頭も良いのに、私の何に羨ましがるんです?」
「エーリックは良い子に育っているでしょう」
(私はどこでオーウェンの教育を間違えたのかしら)
何がいけなかったのかと、彼女は悩んでしまう。
甘やかし過ぎたのか、それとも厳し過ぎたのか?
古今東西、聖人君子でも我が子の教育は難儀するものであるとは聞いている。だが、その問題が自分の身に降り掛かるとはオルメリアは思いもしていなかった。
(それに比べてエレンはエーリックを真っ直ぐ育てているわ)
確かにエーリックには多少頼りないところはある。だが、彼は自分の足りない部分をきちんと理解し努力している様子が窺えた。
「何を言っているの?」
ところがエレオノーラは不思議そうに聞き返した。
「オーウェン殿下も良い子よ。情が深いし、とっても正義感が強いでしょ」
「えっ、ええ……そうね……本当にそうだわ」
エレオノーラの言葉にオルメリアははっと気付かされた。
(私はあの子の母親じゃない。私が真っ先に見放してどうするの!)
エレオノーラが愛されるのは自然に相手の良い部分を認めて包み込むところだ。それに比べて相手の欠点ばかり
(甘いとか厳しいとかではないわね。私はきちんとオーウェンと向き合っていなかったのかもしれない)
「イーリヤさんも素敵なレディで将来はきっと良い王妃様になれるわ」
楽しみねと屈託なく笑うエレオノーラに釣られてオルメリアも微笑んだ。
「ありがとうエレン」
「ん?」
オルメリアとしてはエレオノーラのお陰で吹っ切れたのだが、エレオノーラは突然お礼を言われて訳が分からないと小首を傾げた。
(私一人が無用な悩みを抱えているみたいだわ)
そんなエレオノーラに自分の一人相撲が滑稽でオルメリアは苦笑いが出てしまう。
「そう言えばウェルシェがシキン伯爵夫人を随伴して来るらしいわ」
どうにもばつが悪くオルメリアは話題を変えた。
「あら、ウェルシェさんはお一人じゃないのね」
この茶会は夫人のみの集まりである。だから、デビュタント前の令嬢であるウェルシェが付添人を伴うのは特段おかしくはない。
ただ――
「でも、ウェルシェさんはシキン伯爵夫人と知己だったとは知らなかったわ」
「ええ、私も初耳よ」
(グロラッハ侯爵家とシキン伯爵家は所領が離れているし交流もあまり無かったはず)
いったいウェルシェが何処でシキン夫人と知り合ったのか、オルメリアは不思議に思った。
(何かしら……胸騒ぎがするわ)
オルメリアの何か良くない事が起きる、そんな予知めいた不安に緊張し胸がドキドキと高鳴る。
その時、会場がざわっとさざめいた。
周囲から騒めきが起きたせいで、何処が原因か分からない。しかしながらオルメリアとエレオノーラは同時に同じ方へ視線を向けていた。
「「――ッ!?」」
理屈ではなかった。そんな普通ではあり得ない現象を不思議とも思わないほどの存在感を放つ人物がそこにいた。
「まあ! なんて愛らしい」
「息子が言っていたようにお人形さんみたいね」
「『妖精姫』との噂も納得だわ」
誰の目も惹く美貌でありながら、それでいて何処か消えてしまいそうに儚げな妖精を思わせる。
その美しき乙女は――侯爵令嬢ウェルシェ・グロラッハ。
その後、ウェルシェはイーリヤと徐々に親交を深めていった。また、不埒な男共も完全に鳴りを潜め、ウェルシェは平穏な学園生活を取り戻した……かに見えた。が、新たな問題が出現した――「あんたも『転生者』なんでしょ!」「はい?」とある事情でウェルシェは校舎裏にある花園に一人で訪れていたのだが、そこに薄桜色の髪と春空色の瞳の美少女――アイリス・カオロが現れた。「トボけたってムダよ!」(えっ、突然何なの?)急にやって来て、開口一番ウェルシェに向かって訳の分からないことを喚き散らしたのである。意味が分からずウェルシェは目をぱちくりさせた。「ちゃんと分かってんだからね!」アイリスは恐ろしい形相で迫ってくる。『スリズィエの聖女』と呼ばれ、見目麗しき男達に愛嬌を振り撒いていた面影はまったくない。「あんた『ゲーム』の『設定』と違い過ぎるのよ」(うーん……意味不明ですね)アイリスの口にする単語が理解不能なウェルシェにすれば、子犬がギャンギャン吠えているとしか思えない。「ちょっと、何とか言ったらどうなの?」キレて叫ぶアイリスの身勝手さにウェルシェは呆れた。(何とも礼儀知らずな娘ね)友人でもないのに許しもなく高位の者に話し掛けるのはマナー違反である。それでなくとも国内でも有数の資産家で権勢を誇っているグロラッハ家とお近づきになりたい者は数多くいるのだ。いちいち相手などしてられるわけがない。「あなたはいった
「やっぱりゲーム通りに進行しちゃうのね」イーリヤの顔は暗い。「オーウェンとの婚約も回避できなかったし、なるべく学園には近づかないようにしてたんだけどなぁ」イーリヤは元日本人の転生者である。魔術のある世界に転生したと知ったイーリヤは喜び勇んだ。前世でも頑張り屋の優等生だった彼女は、絶対すごい魔術師になってやると情熱を注いで、幼少期から猛特訓を重ねたものである。もちろん公爵令嬢に生まれた以上その責務も忘れていない。勉学や貴族のマナー、その他できる事はなんでもやった。更には商会を設立してニルゲ公爵家の財政にも寄与した。イーリヤ自身にもちょっとやり過ぎた感がないでもない。「だけど、この身体って凄いスペック高いからやればやるだけ伸びるんで面白かったのよねぇ」努力すれば結果が返ってくるのは楽しいものだ。「それに前世ではこれからって時に死んじゃったから、采配を振るえるのが嬉しかったし」大手に内定決まって未来に大きな夢を抱いていた時に、痴情のもつれに巻き込まれて死んでしまった。その無念を晴らすようにがむしゃらに頑張ったのだ。痴情のもつれと言っても、イーリヤとは全くの無関係である。姫と持ち上げられてサークルクラッシャーしていた知人が取り巻きに襲われたところに居合わせて巻き込まれたのだ。「だけど、やり過ぎたせいで、あんな事になるなんて」頭痛でもするかのようにイーリヤはこめかみを押さえて嘆く。イーリヤの能力が注目され、王家から第一王子オーウェンとの婚約が打診されたのだ。その時になってここが乙女ゲーム『あなたのお嫁さんになりたいです』の世界と知ったのである。&nb
ケヴィンの件が片付き、晴れ晴れとした気分で学園にウェルシェは登校した。「ご機嫌よう、ウェルシェ・グロラッハ様」そこで彼女を待っていたのは、普段は校内で見かけない美女であった。イーリヤ・ニルゲ公爵令嬢――黒い髪に赤い瞳、精巧な人形のように整った顔、女は嫉視し男は見惚れる起伏のあるプロポーション。一度その姿を目にすれば絶対に忘れられない絶世の美女。オーウェンのテコ入れの為にもウェルシェも近いうちに接触をしようと思っていた相手だ。(これは好都合ね)ウェルシェは内心でにんまり笑った。イーリヤは格上の相手だけに、どう接触しようか思案していたところなので、手間が省けた。「これはイーリヤ・ニルゲ様、ご挨拶痛み入ります」「将来は姉妹になるのだしイーリヤで良いわ」「では、私のこともウェルシェとお呼びくださいませ」しかも、望外にも名前を呼ぶ許可まで貰えた。これで今後は接触がしやすくなる。「本当はもっと早くにあなたと会いたかったのだけど……」「あなた様はとてもお忙しい身。取るに足りぬ私などをお気に留めていただけただけでも光栄でございますわ」イーリヤはふっと笑みを零した。見惚れるほどの妖艶な美しさだ。「ウェルシェが取るに足りなかったら、この学園のほぼ全員がつまらない人間になってしまうわ」「まさか……私のような非才の身など……」「謙遜も過ぎれば嫌味よ」(いやいや、公爵令嬢でありながら文武両道、魔力量甚大、努力の人で商才まである絶世の美女相手に何をど
――ガッシャーーーンッ!!!茶器が床に叩きつけられ、無残に砕けて散った。この部屋の主が大事にしていたオーダーメイドの高級品だったのだが。もっとも、金の模様が過多でなんとも品がない。「キャッ!?」間近に控えていた侍女が短い悲鳴を上げた。これまた高級そうだが派手な色合いでけばけばしい絨毯の上に飛散する茶器を前に彼女は震えた。「ケヴィンがいったい何をしたって言うのよ!」この部屋の主人であるセギュル夫人がまたいつもの癇癪を起こしたのである。「あの子はただ自分の恋人の窮地を救おうとしただけじゃない!」セギュル夫人はケヴィンの言い分を無条件に信じていた。だから、悪いのはエーリックだと疑いもしていないらしい。「それなのに、どうしてケヴィンだけが罰を受けなきゃいけないの!?」実際には継承権剥奪の危機に陥っているオーウェンが一番重い罰を受けている。だが、彼の罰には執行猶予がついており、今回の件でケヴィンだけが理不尽に虐げられているようにセギュル夫人には思えた。「こんなの王妃の横暴じゃない!」我が子だけが不当に罰を受けている――それがセギュル夫人の歪んだ認識なのであった。イライラしてセギュル夫人は親指の爪を噛む。「オーウェン殿下やエーリック殿下には何のお咎めもなく、ケヴィンだけに処分を下したのは王家にセギュル家を貶める目的があるんじゃないの?」もともとエーリックは自分の婚約者を守っただけで何の咎もないし、オーウェンにしても多少横柄ではあったが罪を犯したわけでは
――ドンッ!オーウェンが怒りに任せて拳を激しく机に叩きつけた。「どうして分かってくれないんだ!」今回の裁定に対し、オーウェンは憤りを隠せない。「父上も母上も貴族主義的で人の心を理解していない!」荒れるオーウェンに気づかわしげな視線を向ける男達がいた。「落ち着いてください殿下」眼鏡を掛けた怜悧な印象を受ける青髪の美形――サイモン・ケセミカ。ケセミカ宮中伯の長男であり幼少期は神童とおだてられ育った英才である。だが、イーリヤやレーキに遅れを取り成績不振に陥った。その為、一時は家の期待に応えられないと悩み苦しんだものだ。そんな彼に人の価値は学業だけではなく、能力は学校の成績だけでは測れないと気づかせてくれたのがアイリスである。「そうだぜ、俺達は最後まで殿下の味方だ」赤髪の精悍な美丈夫であるクライン・キーノンは騎士を目指す裏表の無い真っ直ぐな少年だ。しかし、彼の強い正義感が裏目に出て騎士クラス内で孤立していた。そんな愚直な性格も素敵なのだとアイリスに誉められ立ち直れた。「ケヴィン先輩は心配だけど、まだ猶予はあるんじゃないかな」実年齢よりちょっと幼なく見える白銀の髪と赤い瞳のアルビノの少年コニール・ニルゲ。彼はオーウェンの婚約者イーリヤ・ニルゲの義弟である。彼は能力を買われて分家より養子となった。しかし、背も低く実年齢よりも幼く見える童顔のせいで侮られ、自分の容姿に強いコンプレックスを抱いていたショタ系美少年である。アイリスは容姿で差別す
「何よ、ザマァって?」聞き慣れぬ言葉にきょとんとウェルシェは首を傾げた。「近ごろ巷間で流行っている恋愛小説のテンプレでございます」「恋愛小説ぅ?」「まあ、お嬢様には無縁のものでございますね」「失礼ね。私だって年頃の娘よ!」ウェルシェの主張にカミラが疑いの目を向ける。「ですが、お嬢様は恋愛より謀略とか陰謀とかの方が好きですよね?」「大好きよ!」胸を張って答えるウェルシェに忠実な侍女はため息が漏れでた。外見は妖精姫、中身は謀略好きのおっさん。それがウェルシェである。妖精のような美姫でありながら、恋愛には一切興味のない貴族令嬢――それが残念腹黒令嬢ウェルシェ・グロラッハである。「お嬢様にも、もう少し恋愛にも興味を持って欲しいのですが」「貴族令嬢は政略結婚が基本よ。恋愛なんて必要ないじゃない」恋愛なんて飯の種にもならないわ、と真顔で言う残念なお嬢様にカミラのため息が止まらない。「私、本当にエーリック殿下が憐れでなりません」カミラの見立てではエーリックは本気でウェルシェに恋してる。だと言うのにお相手のウェルシェは言動だけの恋愛に残念な見た目詐欺令嬢なのだ。「いいでしょ、エーリック様も幸せそうなんだし」「まあ、知らない方が幸せって事もありますよね」ウェルシェの本性を知ったエーリックの絶望する顔が想像できてしまう。「それでザマァって何よ?」「今回お嬢様がセギュル様やオーウェン殿下になさったようなことです」王子様役の男を巡ってライバルの令嬢
「もちろん、エーリック様をお慕いしておりますわ」ウェルシェは自信満々で(のもたらしてくれる富)と副音声に入れた。嘘は言っていない。「ふふふ、今のは嘘くさぁい」「もう!」「ごめん、ごめん」プイッとウェルシェはむくれてそっぽを向く。キャロルが笑いながら謝罪すると、ウェルシェは横を向いたまま横目で彼女をチラッと見るとため息をついた。「キャロル、私
「ウェルシェは押しに弱そうなだからねぇ」キャロルの指摘にウェルシェはちょっと複雑な気分だった。擬態を解けば男共をあしらうのは訳ない。(だけど、今の私のイメージでは強く出られないしなぁ)エーリックの好みを演出する為のイメージ作りが仇となっている。それはウェルシェ自身も理解はしていた。だが、こればっかりはどうにもならない。「それにウェルシェを強引に口説こうとしている筆頭はオーウェン殿下の側近だし」「ケヴ
「お申し出は嬉しいのですが……」ウェルシェがたおやかに微笑むと目の前の貴族令息は息を飲んだ。あまりに幻想的な妖精の笑貌で、見惚れて言葉を失ったようである。「私には婚約者がおりますの。もう声をかけるのはお止めくださいませ」だが、その愛らしい口から紡がれたのは辛辣な拒絶の言葉。「ま、待ってくれ。あんな婚約者よりも俺の方がよっぽど……」「あんな?」慌てた
「なんなのよ、あの男どもは!?」いつもは人を食ったような態度で余裕綽綽のウェルシェが、らしくなくウガァーッと喚き散らした。その叫び声にカミラはそっとため息を漏らす。「私は面白おかしく学園生活を送りたいだけなのに!」ウェルシェがマルトニア学園に通うようになって三ヶ月が過ぎた。学園生活の出だしは上々。優秀なウェルシェにとって、学業関係や学園行事を卒なくこなすのは造作もない。お得意の猫かぶりで問題なく気の合う友人も作れた。そう、全ては順風満帆……のはずだったのだが、一つだけウェルシェに誤算があった。「どうして、言い寄る男が絶えないのよ!」つまり、エーリックの危惧していた通りになってしま







